最終章 私なら、リカバリーウェアをどう考えるか
ここまで、かなり長々と調べてきた。遠赤外線とは何なのか。人間の身体から本当に出ているのか。リカバリーウェアはどうやってそれを利用しているのか。血流は本当に増えるのか。血流が増えれば疲労は回復するのか。そして、実際の研究ではどこまで効果が確認されているのか。
では最後に、「結局、あなたはリカバリーウェアをどう思っているの?」という話をして終わりたい。私自身の結論を言えば、
今のところ、かなり懐疑的である。
たぶん私は、自分では買わない。少なくとも、「疲労を回復させるために2万円、3万円のリカバリーウェアを買おう」とは、今のエビデンスを見ている限り思わない。理由は単純である。そこまでしなくてもいいのではないか、と思うからだ。
疲れているなら、まず別にやることがある
身体が疲れている。朝起きてもだるい。仕事が終わるとぐったりする。そんな人に対して、私はまず、睡眠時間は足りているのか。生活リズムはどうか。日中に身体を動かしているか。食事はどうか。長時間同じ姿勢になっていないか。精神的なストレスは強くないか。そもそも病気が隠れていないか。そちらを考える。
3万円のパジャマを買う前に、一時間早く寝た方がいい人は、たぶんたくさんいる。運動不足なら少し歩いた方がいい。夜中までスマートフォンを見ているなら、そちらを何とかした方がいい。慢性的な疲労が続くなら、一度医療機関で原因を調べた方がいい場合もある。
もちろん、全部分かっている。分かっているけどできない。だから「着るだけ」という商品に魅力を感じる。その気持ちもよく分かる。むしろ、そこにリカバリーウェアという商品の強さがあるのだと思う。
「血流が5%増える服」に、私はどこまでお金を払うか
今回調べてみて、遠赤外線という仕組み自体を否定する理由はなくなった。身体から赤外線は本当に出ている。特殊な素材によって、その熱放射のやり取りを変化させることもできる。そして、血流や睡眠、運動後の回復などに小さな変化が出ている研究も存在する。だから、「リカバリーウェアなんて全部インチキ」とは私は思わない。
でも、その小さな生理学的変化のために、私は数万円を払うだろうか。となると、今のところ答えは、払わない。である。特に、普通のパジャマより暖かい。着心地がいい。肌触りがいい。締め付けが少ない。そういった要素でも睡眠や快適性は変わる。
それらと切り離して、「遠赤外線だからこそ、これだけ疲労が回復する」と納得できるほどのデータは、私にはまだ見つけられなかった。だったら、普通に着心地のいいパジャマで十分じゃないか。というのが、理屈っぽい私の結論である。
ただし、人間は理屈だけでできていない
ここまで散々理屈をこねてきた私だが、最後に少し、自分で自分の話をひっくり返したい。
もし、「これを着るとよく眠れるんです。」「朝、身体が軽い気がするんです。」「着ていると安心して休めるんです。」という人がいるなら、私は別に、「いや、それ科学的に証明されてませんから」とは言わない。
そんなことを言って何になる。本人が気持ちよく眠れて、朝ちょっと元気になって、「昨日より楽だな」と思えるのであれば、その人にとっては、ちゃんと意味のあることだと思う。
プラセボは「気のせいだから無意味」ではない
医療の世界では、プラセボ効果という言葉がある。「思い込みでしょ」くらいの意味で使われることもあるけれど、実際にはもう少し複雑である。
治療を受けるという安心感。「これで良くなるかもしれない」という期待。施術者への信頼。治療を受ける空間。これまでの経験。そうしたものが、痛みや不快感、症状の感じ方に影響することは珍しくない。私自身、臨床でこうした要素を軽視していない。
もちろん、患者さんを騙して、「これは絶対に効きます」と信じ込ませるという意味ではない。そうではなく、安心して施術を受けてもらうこと。「少し良くなれそうだ」と思える環境を作ること。それ自体も、治療の一部だと思っている。
人間の身体は、血流量や筋力やホルモンの数字だけでできているわけではない。だから、リカバリーウェアを着て、「これを着たから今日はぐっすり寝られそうだ」と思う。実際にリラックスできる。その結果、よく眠れる。朝、調子がいい。そんなことは十分あり得る。
そしてそれを、「科学的ではないから無価値」と切り捨てる必要もないと思う。
だから、気に入っているなら着ればいい
私が患者さんから、「先生、リカバリーウェアってどう思います?」と聞かれたら、今ならたぶんこう答える。
「仕組みとして全くデタラメではないですよ。ただ、着れば疲れが取れることがはっきり証明されている、というほどでもないです。」
そして、「でも着ていて気持ちいいなら、別にいいんじゃないですか。」と言うと思う。高い買い物だと思うなら買わなくてもいい。そのお金で良いマットレスを買ってもいい。美味しいものを食べてもいい。温泉に行ってもいい。早く寝てもいい。数千円のものを試して、「意外といいな」と思えば使えばいい。3万円のものを買って、「これを着ると最高に眠れる」と思えるなら、それもその人にとっては価値がある。私はそこまで否定するつもりはない。
私が違和感を覚えたのは、服そのものではなかった
最初、私はリカバリーウェアそのものに違和感を持っていた。でも、ここまで調べてみると、少し違った。遠赤外線は本当にある。身体からも出ている。素材によって赤外線のやり取りを変えることもできる。血流が変化した研究もある。睡眠や運動後の回復に興味深い結果が出た研究もある。
だから、服そのものが怪しいわけではない。私が気になっていたのは、その先だった。小さな生理学的変化が、いつの間にか「疲労回復」という大きな言葉に変わっていくこと。
そして、まだ研究が積み重なっている途中のものが、テレビCMや有名人や大量の商品展開によって、「疲れているなら着るもの」という常識になっていくスピードである。
科学は、「可能性がある」「この指標では差が出た」「今後さらに研究が必要」と慎重に進んでいる。
一方、広告はそんな悠長なことを言ってくれない。「着るだけで疲労回復。」一言で済む。その分かりやすさは、商品を売るにはとても強い。
たぶん、私が一番言いたかったこと
この記事を書く前、私はもう少しリカバリーウェアを否定する記事になると思っていた。でも調べてみると、そこまで単純ではなかった。効果を示唆する研究はある。仕組みにも一定の合理性はある。実際に「良かった」と感じる人もいるだろう。それでも私は、今のところ積極的に人へ勧めようとは思わない。
わざわざ頼らなくても、疲労を回復するためにできることは他にもたくさんある。ただ、それを着ることが、その人にとって気持ちよく、安心して休むきっかけになり、結果として少し元気になれるのなら、それもまた一つの「回復」なのだと思う。
だから私の結論は、リカバリーウェアは、魔法の服ではない。でも、ただの無意味な服とも言い切れない。そして、私が一番気をつけたいと思ったのは、遠赤外線でも、一般医療機器でも、広告でもない。
「科学っぽい説明」と「科学的に分かっていること」を、同じものだと思わないこと。
たぶん、それだけである。
最後まで読んでくださった強者の方。ありがとうございました。




