第2章 そもそも遠赤外線って何だ?
リカバリーウェアの説明を読んでいると、ほぼ必ず出てくる言葉がある。「遠赤外線」である。
特殊な繊維が、身体から放出される遠赤外線を吸収し、それを再び身体へ輻射する。その結果、血行が促進され、疲労が回復する。
だいたい、そんな説明になっている。ちょっとこの説明にも飽きてきたぞ。
ところで。
「身体から放出される遠赤外線を吸収し、」の文章。
ん?
えっ?!人間の身体から遠赤外線って出てるの? んなアホな。
って皆さん、なりませんか。なりましたよね。
人間は、何もしなくても赤外線を出している
結論から言えば、出ている。しかも、特殊な人だけではない。私も、この記事を読んでいるあなたも、今この瞬間ずっと赤外線を放出している。これは人間特有の現象ではない。人間は皆、歩くヒーターなのだ。人間に限らず、温度を持つ物体は、その温度に応じて目には見えない「熱」を電磁波として放出している。これを熱放射という。
そもそも遠赤外線とは何なのか
赤外線は、私たちの目に見える赤色の光より、さらに波長の長い電磁波である。可視光線より長く、電波より短い。その赤外線も波長によっていくつかに分けられる。実は「どこからを遠赤外線と呼ぶか」は分野によって定義が少し違う。

国際非電離放射線防護委員会(ICNIRP)では、赤外線をIR-A、IR-B、IR-Cに分け、3μm~1mmのIR-Cを遠赤外線領域として扱っている。一方、日本のリカバリーウェアの評価では5~20μmが使われる。
うん。どうでも良い。
この記事で重要なのは、人間の体温程度の物体からは、だいたい10μm前後を中心とした赤外線が常に放出されているということである。サーモグラフィーで人間を見ると身体が赤や黄色に映るのも、この熱放射を測定しているからだ。遠赤外線というと、何となく特殊な健康エネルギーのようにも聞こえる。しかし物理的には、温かい身体から自然に出ている「見えない熱放射」くらいに考えると分かりやすい。
ここで一つ疑問。電気ヒーターの遠赤外線とは違うのか?
遠赤外線と聞くと、「遠赤外線ヒーター」を思い浮かべる人も多いと思う。ここで素朴な疑問が出てくる。人間から出る遠赤外線と、ヒーターから出る遠赤外線は違うものなのだろうか。
答えは基本的には、同じ赤外線です。「人体専用の遠赤外線」というものが存在するわけではない。違うのは主に、温度と、放出されるエネルギーの量、そして波長の分布である。物体は温度が高くなるほど、放出する熱放射のエネルギーが大きくなる。さらに、温度が高くなるほど放射のピークは短い波長側へ移動する。だから皮膚温が30数℃の人間と、数百℃になるヒーターでは、同じ赤外線を出していても、その強さや波長分布はかなり違う。
なお「電気ヒーター」なら何でも遠赤外線だけを出しているわけではない。ヒーターの温度や材質によって、近赤外線から遠赤外線まで放射スペクトルは変わる。そして、リカバリーウェアとヒーターには、もっと大きな違いがある。
それは、ヒーターには電源がある。ということ。
ヒーターは電気エネルギーを使って熱を作り、新しいエネルギーを身体へ送り込むことができる。しかしリカバリーウェアには、電源がない。服そのものが勝手に熱エネルギーを作っているわけではない。エネルギーの出発点は、自分自身の体温なのである。ここを理解すると、リカバリーウェアの仕組みがかなり見えやすくなる。
では結局、「自分の熱を身体へ返している服」なのか?
ものすごく乱暴に言えば、私は最初、「体から逃げようとする熱を、特殊な生地で跳ね返しているだけなのでは?」と思った。これは、半分くらい正しい。
ただし、「鏡のように光を100%パキッと反射している」と考えると少し違う。リカバリーウェアの仕組みは、生地に入っているセラミックが、体温(熱の光)を一度しっかりキャッチし、それを効率よく体に送り戻す(放射する)というものだ。
じつは、普通の布だって熱を扱う力はかなり高い。実験データを見ると、普通のポリエステル生地でも熱を吸収して送り出す効率(放射率)は約85.8%もある。衣類というのは、もともと体温をキープするのに大きな役割を果たしているのだ。そこに特殊なセラミックを混ぜることで、その効率を約89.2%へと、わずか3.4%ほどアップさせたのがリカバリーウェアである。
つまり、もともと外へ捨てていた体温を、「いつもより3%ちょっと多めにリサイクルして体に送り返す」という仕組みなのだ。決して「謎の未知のエネルギー」が加わっているわけではない。
ましてや、体温から100の熱を受け取った服が、200や300にパワーアップして体に返ってくるわけでもない。リカバリーウェアとは、「人間がもともと出している体温を、生地の力でほんの少し効率よく再利用する服」と考えるのが一番しっくりくる。
それなら「保温性の高い服」と何が違うのか?
ここで、私にはもう一つ疑問が浮かんだ。暖かくして血流を増やしたいのなら、普通に暖かい服を着ればいいのではないか。厚手のパジャマ。フリース。これらだって身体から熱が逃げるのを防ぐ。皮膚温が上がれば、皮膚血流は増える。少し厳密に言えば、「毛細血管そのものが自力でパカッと開く」というより、皮膚の細動脈などの血管抵抗が低下し、皮膚への血流が増える。
要するに、身体を温めれば皮膚血流が増えること自体は、リカバリーウェア特有の現象ではない。ここはかなり大切だと思う。普通の防寒着は主に、身体の周囲に空気の層を作ったり、熱伝導を抑えたり、空気の対流を減らしたり、水分の蒸発による熱損失を抑えたりして、身体から熱が逃げるのを防ぐ。一方、遠赤外線加工された衣類は、放射による熱のやり取りにも手を加えることを特徴としている。だから物理的な仕組みとしては、完全に同じではない。ただ、最終的に起きていることが、皮膚周辺の熱環境を変えるという点では、かなり近いところもある。
ここで本当に知りたいのは、「同じくらい暖かい普通のパジャマと比較しても、遠赤外線加工された服には、それ以上の血流促進作用があるのか?」ということになる。この比較をしなければ、血流が増えた理由が、遠赤外線加工による特殊な作用なのか、単純に服を着て暖かくなったからなのか、区別できない。だから研究では、厚さ、素材、締め付け、保温性などをできるだけ揃えた「偽物のリカバリーウェア」を作って比較することが重要になる。
そして、この点について興味深い研究がある。2025年に公表された31人の男性を対象としたランダム化クロスオーバー試験では、遠赤外線加工されたアームウェアとプラセボ衣類を比較した。その結果、安静時40分の着用では、上腕動脈の血流、血管径、筋肉の微小循環に有意な差はなかった。さらに皮膚温の変化にも両者で差はなかった。もちろん、これは一つの製品を短時間、健康な男性の腕で調べた研究なので、すべてのリカバリーウェアに当てはめることはできない。だが、「遠赤外線加工された服なら、普通の服より必ず血流が増える」と単純に考えることもできない、ということは分かる。
もう一つ極端なことを考えてみた
ここまで考えていて、私はさらに変な疑問を思いついた。例えば、自分の右手を、自分のお腹のすぐ近くに置く。

手のひらからも遠赤外線は出ている。お腹からも遠赤外線は出ている。だとしたら、「手のひらから出た遠赤外線がお腹に届いて、お腹の血行を良くする」と言うこともできるのだろうか。さらに言えば、これはリカバリーウェアと同じことをしているのではないか。
答えは、原理の一部は似ている。でも、同じとは言えない。である。手のひらもお腹も温度を持っているので、当然お互いに赤外線を放射している。ただし熱放射は、一方向にだけ飛んでいるわけではない。手から腹へも飛ぶし、腹から手へも飛んでいる。そして正味の熱移動は、主に温度差で決まる。手とお腹がほぼ同じ温度なら、両方向の放射がかなり打ち消し合うので、正味のエネルギー移動はそれほど大きくない。手の方が温かければ、お腹側へ多少エネルギーが移る。逆なら反対方向である。
さらに手を実際にお腹へ触れれば、今度は赤外線だけではなく、熱伝導による熱移動が加わる。むしろ直接触れている場合はこちらの影響もかなり大きい。また、手を近づけることで、お腹から冷たい周囲の壁や空間へ逃げていた放射熱の一部を遮ることもできる。だから、「手を当てると温かい」という現象の中にも、熱伝導、放射、対流、といった複数の熱移動が混ざっている。
リカバリーウェアも同じである。衣類を着れば、放射だけでなく、熱伝導、対流、汗の蒸発、衣服内の空気層、など全部が変化する。「遠赤外線」という一つの言葉だけで、身体と服の間で起きていることを説明するのは、本来かなり難しい。
ここまで考えると、私の疑問はこうなる
遠赤外線そのものは、別に怪しいものではない。人間の身体から本当に出ている。セラミックを練り込んだ生地によって、赤外線の放射特性が変化することも物理的に確認されている。厚生労働省の自主基準でも、家庭用遠赤外線血行促進用衣について、5~20μmの範囲で未加工品より一定以上高い放射率を求めている。
だから、「遠赤外線なんてインチキだ」という批判は、おそらく正しくない。しかし反対に、「遠赤外線が出る服だから、身体の奥まで血流が良くなって疲労が回復する」というところまで一気につなげてしまうのも、少し話が早い。
私がここまで調べて感じたのは、リカバリーウェアは魔法の服ではない、という当たり前のことだった。電源もない。新しいエネルギーを作るわけでもない。基本的には、自分自身が持っている体熱と、身体から出ている赤外線の「逃げ方・戻り方」を、特殊な生地によって少し変化させる服と考えるのが、一番しっくりくる。
そして、その小さな物理的変化が、どのくらい皮膚血流を変えるのか。どのくらい筋肉の血流を変えるのか。さらに、それが本当に「疲労回復」と呼べるほどの変化につながるのか。ここから先は、物理の話ではなく、人間の身体で実際に何が起きたのかという、医学の話になってくる。




