第6章 では、実際に着た人は疲れが取れたのか?
ここまで随分と遠回りをしてきた。遠赤外線とは何なのか。なぜ身体から出ているのか。どうやって血流に影響する可能性があるのか。そして「血流が増える」と「疲労が回復する」は同じ意味ではない、という話までしてきた。
でも、リカバリーウェアを買おうとしている人からすれば、そんなことはどうでもいいかもしれない。聞きたいのは、たぶんこれだ。
「で、結局、着たら疲れ取れるん?」
ごもっともである。ということで、実際に人間に着てもらった研究を調べてみた。先に結論を言えば、「何も起こらない」と言えるほど否定的ではない。しかし、「着れば疲労が回復することが証明されている」と言えるほど強くもない。現在の研究は、その間にいる。まぁ、健康グッズというものは、そんなものだろうと思う。低リスク低リターンだ。
まず、研究をまとめて読んだ論文がある
遠赤外線を放射する衣類については、2021年にスポーツ時のパフォーマンスや回復への効果をまとめたシステマティックレビューが発表されている。システマティックレビューとは、都合のいい研究を1本だけ取り上げるのではなく、一定のルールで関連研究を集めて全体を見る方法である。
このレビューでは、5つの医学・科学データベースから研究を検索し、最終的に11研究が対象になった。運動中に着用した研究が6本。運動後の回復時に着用した研究が5本。では結論はどうだったのか。一言でいえば、
「まだ、はっきりしない。」
である。
研究ごとに人数が少なく、使っている素材、服の形、着用時間、運動内容、評価項目がバラバラだった。血流が変わった研究もある。筋肉の酸素化に変化が出た研究もある。パフォーマンスに差が出た研究もある。その一方で、差が出なかった研究もある。
そのため著者らは、
遠赤外線衣類には体温調節や血行動態を介してパフォーマンスや回復に影響する可能性はあるものの、現時点では確かな結論を出せないとまとめている。
なお、このレビュー自体には特定企業からの研究資金提供はなかった。ただし、このレビューの文献検索は2020年までである。リカバリーウェア市場が急拡大したのはその後なので、当然、新しい研究も出ている。そこで、最近のものまで見てみよう。
VENEXを着て、筋肉の回復は早くなったのか
まず興味深いのが、実際にVENEXのウェアを使った2017年の研究である。筋力トレーニングを行っている男性13人に激しい運動をしてもらい、その後、VENEXを着る場合と、見た目の似たプラセボウェアを着る場合を比較した。しかも、運動後だけでなく、その後3晩にわたって着用する。
これはまさに、「運動後にリカバリーウェアを着て寝たら、回復が早くなるのか?」を調べた研究である。結果はどうだったか。膝を伸ばす最大筋力。筋肉を神経からどのくらい動員できるか。ジャンプ能力。筋損傷の指標として使われるCK。これらの客観的な回復指標では、VENEXとプラセボの間に有意な差はなかった。
一方、痛みや「回復した感じ」、睡眠の質といった主観的な評価ではVENEX側に良い傾向がみられたものの、統計学的に明確な差にはならなかった。つまり、「本人はちょっと良い気がする。でも、筋力や血液検査を見るとはっきりした差はない」という結果だった。これはこれで、なかなか興味深い。
なお、この研究では研究者3人のうち2人の研究活動にVENEX社から資金提供があったことが論文に明記されている。ただし、研究デザイン、データ収集、解析、出版判断には資金提供者は関与していないとしている。企業がお金を出した研究だから間違っている、という意味ではない。製品を開発している企業が、自社製品の研究費を出すのは珍しいことでもない。ただし、研究を読むときには知っておいた方がいい情報である。
睡眠についてはどうだろう
リカバリーウェアは運動後だけでなく、「着て寝る」という使われ方がかなり大きい。そこで、睡眠についての研究も見てみた。2023年には、睡眠に悩みのある40人を対象に、遠赤外線パジャマと、遠赤外線機能のない偽のパジャマを6週間着てもらうランダム化比較試験が行われている。
評価の中心は、睡眠研究でよく使われる「PSQI」という睡眠の質の質問票。結果は、両方のグループで睡眠状態は改善した。しかし、遠赤外線パジャマは、普通のパジャマより睡眠の質を有意に改善しなかった。身体的な疲労については遠赤外線パジャマの方が良さそうな傾向も見られたが、こちらも統計学的には明確な差にならなかった。
これも面白い。新しいパジャマを渡され、「睡眠の研究に参加しています」と言われ、毎晩きちんとパジャマを着て寝る。それだけでも生活や睡眠への意識が変わる可能性がある。だからこそ、「リカバリーウェアを着る前と後を比べる」だけでは足りない。同じような見た目・着心地の普通のウェアと比較することが重要になる。
では、最近のBAKUNE関連研究は?
2026年には、早稲田大学の研究グループから、遠赤外線ウェアと睡眠についての比較的新しい研究が発表されている。対象は健康な若い男性15人。遠赤外線を放射するウェアと、見た目を合わせた通常のポリエステルウェアを着て、それぞれ一晩ずつ睡眠を測定した。
研究デザインは、無作為化・二重盲検・プラセボ対照・クロスオーバー試験。なかなかしっかりしている。
遠赤外線ウェアを着た夜では、鼓膜温が低めに推移し、睡眠途中の発汗が減り、さらにREM睡眠の割合が、18.6%から22.2%へ増えていた。一方で、総睡眠時間は増えていない。睡眠効率も改善していない。
つまり、「よく眠れる服だった」と一言で片付けられる結果ではなく、睡眠中の体温調節や睡眠構造の一部に変化が見られたという方が正確である。ちなみに、この研究はTENTIALとの共同研究で、研究費もTENTIALから提供され、ウェアも同社が提供している。ただし論文では、TENTIALは研究デザイン、データ収集、解析、解釈には関与していないとしている。
この研究を、「BAKUNEで睡眠の質が改善することが証明された」と紹介するのは、私は少し言いすぎだと思う。
「血流が増える」についても、研究はきれいに揃っていない
血流についても同じである。以前の比較的大きな研究では、健康な男女153人にセラミック粒子を練り込んだシャツと通常のポリエステルシャツを着てもらったところ、セラミック入りのシャツでは、皮膚から測定した経皮酸素分圧が約6.7%高かった。「やっぱり何か起こっているじゃないか。」と思う。
ところが2025年に発表された、男性31人を対象にした比較的よく管理されたクロスオーバー研究では、遠赤外線加工されたアームウェアとプラセボを比較して、上腕動脈の太さ。血流量。脈波伝播速度。筋肉の微小循環。皮膚温。いずれにも明確な改善は確認されなかった。
つまり、ある研究では変わる。別の研究では変わらない。これが今の状況である。
最近は「効果あり」の研究も出ている
ここも公平に触れておきたい。2025年には、運動後に遠赤外線タイツを着用した10人を対象とする小規模研究で、48時間後のジャンプ能力など、いくつかの神経筋回復指標がプラセボより良かったという結果も報告されている。また、グラフェンを利用した遠赤外線コンプレッションウェアを着て運動した若い男性15人の研究では、通常ウェアと比較してトレッドミルで運動を続けられる時間が約38秒長くなったという結果も出ている。ただし最大酸素摂取量(VO₂max)には差がなかった。
つまり、一応、ポジティブな研究はちゃんと存在する。だがこの結果をどう思うかは人による。
では、結局どう評価すればいいのか
研究をたくさん読むほど、すっきりするどころか、逆に曖昧になってきた。w
ある研究では血流が増える。別の研究では増えない。筋力回復には差が出ない。でも主観的な回復感には良さそうな傾向がある。睡眠時間は増えない。でもREM睡眠の割合は変わる。小さな研究では運動後の回復が良くなったものもある。
要するに、何かしら身体に影響している可能性はある。しかし、その影響が、どの素材でも再現され、どんな人にも起こり、日常生活で実感できるほど大きく、最終的に「疲労回復」と呼べるものなのか。そこまでは、まだ分からない。
2021年のシステマティックレビューが指摘した、「研究数が少ない」「対象者が少ない」「研究方法や素材がバラバラなので確かな結論を出せない」という問題は、その後研究が増えてきた現在も、完全には解消されていないように思う。
「有意差があった」だけでも、まだ足りない
もう一つ、研究を見るときに忘れてはいけないことがある。仮に、「REM睡眠が3.6ポイント増えました」「経皮酸素分圧が6.7%増えました」「運動を38秒長く続けられました」という研究があったとする。それは科学的には面白い。でも消費者が知りたいのは、その差を、実生活で感じるのか?ということである。
朝、「うおっ。今日はREM睡眠が3.6ポイント多かったわ。」と起きる人はいない。
欲しいのは、「昨日より疲れが取れた。」「朝すっきり起きられた。」「筋肉痛が楽だった。」「次の日も動けた。」という違いである。
統計学的に数字が違うことと、本人にとって意味のある差があることは、必ずしも同じではない。ここも、リカバリーウェアを考えるうえでは重要だと思う。
ここまで論文を読んだ私の感想
調べる前の私は、正直もう少し否定的な結果になると思っていた。「遠赤外線をうたった服なんて、調べたら大した研究はないだろう。」どこかでそう思っていた。しかし実際に調べてみると、生理学的な変化を示している研究はちゃんとある。睡眠についても、血流についても、筋肉のパフォーマンスについても、興味深い結果は出ている。
だから、「ただのパジャマ。全部気のせい。」と片付けるのは違うと思う。でも同時に、現在ある研究をまとめて、「着るだけで疲労回復することが科学的に証明されている」と言うのも、かなり勇気がいる。私なら、そこまでは言えない。
現状は、
「身体に何らかの小さな生理学的影響を与える可能性はある。しかし、それがどの程度、私たちが日常でいう“疲れが取れた”につながるのかについては、まだ不明である。」
くらいが、一番しっくりくる。
そして、ここで私は最初の疑問に戻ってきた。これだけ研究がまだ発展途上の段階で、なぜ街では、「着るだけで疲労回復」という、これほど分かりやすく強い言葉になっているのだろう。
次はもう一度、「一般医療機器」という言葉と、広告で私たちが受け取る印象について考えてみたい。




