第5章 血行が良くなれば、本当に疲労は回復するのか?
さて、ようやく一番気になっていたところまで来た。リカバリーウェアによって血流が増える可能性がある。そこまでは分かった。では、血流が増えれば、疲労は回復するのだろうか。一見すると、すごく納得しやすい話である。
血液がよく流れる。
↓
筋肉に酸素や栄養が届く。
↓
いらないものが運び出される。
↓
疲れが取れる。
きれいな一本道だ。実際、私も患者さんへの説明で「血流」という言葉を使うことはある。ただ、改めて「疲労」というものを調べてみると、どうやらそんなに単純ではない。
そもそも「疲労」って何だろう
「疲れた。」私たちは毎日のように使う。ところが医学的には、これがなかなか厄介な言葉である。研究では、「疲労(fatigue)」=本人が感じる疲労感と、「易疲労性・疲れやすさ(fatigability)」=実際に筋力や作業能力がどれくらい低下するかを分けて考えることもある。
つまり、「ものすごく疲れた」と感じているのに筋力はほとんど落ちていないこともあれば、本人の疲労感はそれほど強くなくても、実際には筋肉の出力が落ちていることもある。疲労は、単純に筋肉の中だけで起こる現象ではない。
運動による疲労だけを見ても、筋肉そのものに起こる末梢性疲労と、脳や神経系から筋肉を十分に動かせなくなる中枢性疲労がある。そして、それぞれ回復する時間も仕組みも違う。もうこの時点で、「血流を良くすれば疲労が回復する」という一文では、少し収まりきらなくなってくる。
もちろん、血流は大切である
ここは誤解のないようにしておきたい。血流はどうでもいいと言いたいわけではない。むしろ筋肉が働くためには、十分な血流が非常に重要である。筋肉へ血液が流れることで酸素が運ばれ、エネルギー産生を助ける。運動中の筋肉では、必要に応じて血流が大きく増える。逆に、意図的に筋肉への血流を制限すると、運動を続けられる時間が短くなり、筋疲労が起こりやすくなることも知られている。
だから、「血流と疲労は無関係」ではない。
関係はある。
ただ、「血流が増えれば、その分だけ疲労が回復する」というほど単純でもない。
実は、運動が終わったあと血流はすでに増えている
これも面白い。激しい運動をした直後、使った筋肉への血流は増える。運動中の筋収縮が終わり、圧迫されていた血管が解放されることなどによって、筋肉には一時的に多くの血液が流れる。その後、数分から長い場合は30分以上かけて安静時の状態へ戻っていく。
でも当然、血流が増えた瞬間に疲労が全部消えるわけではない。筋肉の力が完全に戻るまでには、筋細胞内のカルシウム調節、エネルギー代謝、神経系など、さまざまな機能が回復する必要がある。 血流は回復に関わる要素の一つ。でも、回復そのものではない。この違いは結構大きいと思う。
「老廃物が流れるから疲れが取れる」は、本当にそんな単純な話なのか
血流の話になると、よくこんな説明を聞く。
「血行が悪いと老廃物が溜まり、それが疲労の原因になる。だから血流を良くして流してあげる。」
非常に分かりやすい。そして、いかにも正しそうに聞こえる。でも、この「老廃物」という言葉が、かなり便利すぎる。一体、何を指しているのだろう。
昔は運動すると「乳酸が溜まって疲れる」とよく言われていた。今でも「乳酸を流す」という表現を耳にすることがある。しかし現在では、乳酸そのものを単純な「疲労物質」と考える見方は否定されている。
乳酸は運動中に作られるが、それ自体が筋疲労の主原因というわけではなく、むしろ他の組織でエネルギー源として再利用される重要な代謝物でもある。最近のレビューでも、乳酸そのものの増加は筋力低下の主要因とは考えにくく、疲労には無機リン酸、イオン変化、カルシウム調節、神経系など複数の要因が関係すると整理されている。
つまり、「血流を良くして疲労物質を洗い流せば元通り」という掃除機のようなイメージは、少し古い。身体はもう少し複雑である。
そして、私たちが普段言う「疲れ」はさらに複雑だ
ここまでは主に「運動による筋疲労」の話だった。でも、リカバリーウェアを買う人が感じている疲れは、激しい運動のあとの筋疲労だけではないだろう。
「仕事で一日中疲れた。」「寝ても疲れが取れない。」「朝から身体が重い。」「なんとなくだるい。」こういう疲労も含まれている。では、こうした疲労の原因は何か。
睡眠不足。精神的ストレス。長時間労働。運動不足。感染症。貧血や鉄欠乏。甲状腺などの内分泌疾患。睡眠時無呼吸症候群。慢性的な痛み。さまざまな慢性疾患。薬剤の影響。そして、原因を一つに絞れない疲労もある。医学的に「疲労」を診るときには、実際にこれだけ幅広い原因を考える。
例えば、昨日3時間しか眠っていない人が、リカバリーウェアを着たことで皮膚血流が5%増えたとする。それで睡眠不足そのものが帳消しになるだろうか。貧血で酸素を運ぶヘモグロビンが不足している人の皮膚血流を少し増やしたら、貧血による疲労が解決するだろうか。仕事のストレスで眠れず、頭の中でずっと仕事のことを考えている人ならどうだろう。当然、そんな単純な話ではない。
だから私は「血行促進=疲労回復」に少し引っかかる
ここまで調べてみると、私が最初に感じていた違和感が少し言葉にできるようになってきた。血流を促進すること自体がおかしいわけではない。筋肉にとって血流は重要だし、状況によっては血流の改善が回復を助ける可能性も当然ある。だから、「血流が良くなるから疲労回復なんて嘘だ」と言いたいわけではない。
私が引っかかるのは、「血流が増えた」という生理学的な変化と、「疲労が回復した」という人間全体の状態が、ほとんど同じ意味のようにつながれていることである。
例えば、皮膚の微小循環が5%増えた。これは一つのデータである。では、その人は、朝すっきり起きられたのか。昨日より身体が軽く感じたのか。筋肉の力が戻ったのか。仕事中の倦怠感が減ったのか。睡眠の質が上がったのか。運動後の回復が早くなったのか。それぞれ、別々に調べなければ分からない。
言い換えると、「血流が増えた」ということは、疲労回復というゴールへ向かう途中にあるかもしれない一つの現象であって、ゴールそのものではない。私はそう考えるのが一番自然だと思う。
では、実際に着た人は疲れが取れているのか?
ここまで考えてくると、最後は結局ここへ戻ってくる。仕組みとして成立するかどうか。血流が増えるかどうか。それも大切である。でも、消費者が知りたいのはもっとシンプルだ。
「で、実際に着て寝たら疲れは取れるんですか?」
これに答えるには、血流計を見るだけでは足りない。本当に人に着てもらって、普通の服を着た場合と比べて、睡眠が変わったのか。筋肉の回復が早くなったのか。疲労感が減ったのか。翌日のパフォーマンスが変わったのか。そこまで調べる必要がある。
ということで、次はようやく、実際にリカバリーウェアを人に着せた研究や論文を読んでみる。果たして、「着るだけで疲労回復」は、研究の世界ではどこまで確認されているのだろうか。




