第3章 その遠赤外線、体のどこまで届いている?
さーて。人間の身体から遠赤外線が出ていることは分かった。リカバリーウェアは、その体熱を利用して赤外線のやり取りを変えているらしい。では次の疑問である。
その遠赤外線って、身体のどこまで届いているのだろう。
なんとなく「遠赤外線」と聞くと、皮膚を通り抜け、脂肪を通り抜け、筋肉の奥までじんわり届き、凝った筋肉の血管を直接広げてくれる。そんなイメージを持たないだろうか。ところがどっこい、ここを調べてみると少し違う。
遠赤外線は、実はそれほど奥まで入らない
赤外線は波長によって、皮膚への入り方がかなり違う。比較的波長の短いIR-A(近赤外線)は、皮膚の中を数mm程度まで到達する。身近な家電で言うとグラファイトヒーターやハロゲンヒーターなど(スイッチを入れた瞬間にまぶしく赤く光り、一瞬で爆発的な熱さを届ける暖房器具。)
一方、波長が長いIR-C、いわゆる遠赤外線は、水に非常に吸収されやすい。人間の身体は水分だらけなので、遠赤外線は皮膚のかなり浅いところで吸収される。国際非電離放射線防護委員会(ICNIRP)は、IR-Cについて、主として皮膚の最表層で吸収され、深部には直接到達しないと説明している。
つまり、遠赤外線という光そのものが、皮膚を突き抜けて筋肉の奥深くまで飛んでいくというイメージは、少なくとも正確ではない。ここは個人的には結構意外だった。「遠赤外線は身体の芯まで届く」みたいなイメージが私の中にも、なんとなくあったからだ。でも考えてみれば、人間の身体の大部分は水である。そして遠赤外線は、水にものすごく吸収されやすい。入り口でかなり捕まってしまう。
では、どうして「身体の奥まで温まる」ことがあるのか?
ここで、「じゃあ遠赤外線サウナやヒーターで、身体の奥まで温まった感じがするのは何なの?」という疑問が出てくる。ポイントは、遠赤外線そのものが深部まで飛んでいることと、深部の温度や血流が変化することは別の話ということである。
例えば、お風呂。お湯の分子が筋肉の中まで入り込んでいるわけではない。皮膚が温まり、その熱が熱伝導や血流によって身体の内部へ伝わっていく。遠赤外線も、それに近い。まず皮膚の表面付近でエネルギーが吸収される。そこで皮膚温や局所の熱環境が少し変化する。すると、その熱が組織へ伝わったり、血流によって運ばれたりする。さらに身体には、温度の変化に反応して血流を調節する仕組みもある。だから、「遠赤外線そのものが深くまで届かなくても、その結果として少し深い組織に影響が及ぶ」ことは十分あり得る。

ただし、「遠赤外線が筋肉まで直接届く」とは別の話である。実際、厚生労働省も「家庭用遠赤外線血行促進用衣」について、人体の深部への影響を示唆するような効果は、一般医療機器として認められる範囲ではないと明記している。ここは覚えておきたいね。
では、どうやって血管が広がるのか?
次に知りたいのは、皮膚の表面で遠赤外線が吸収されたとして、それがどうやって「血流が増える」に変わるのかである。まず一番シンプルなのは、温まるから。
人間の身体には、体温を一定に保とうとする仕組みがある。暑くなれば、皮膚から熱を逃がしたい。そこで皮膚の血管を広げ、身体の内部から皮膚へ血液を多く送り、熱を外へ逃がそうとする。夏に顔が赤くなったり、お風呂に入ると皮膚が赤くなったりするのも、この仕組みである。つまり、
皮膚温が上がる
↓
皮膚の血管が広がる
↓
皮膚血流が増える
これは普通の生理反応である。ここまでは別にリカバリーウェア特有の話ではない。
もう少し細かく見ると「NO」が出てくる
血管拡張の研究を読んでいると、NO(一酸化窒素)という物質がよく登場する。一酸化窒素というと、「身体に悪そうな名前やな」と思うかもしれない。でも体内では非常に重要な情報伝達物質である。血管の内側を覆っている血管内皮細胞では、eNOSという酵素によってNOが作られる。NOが血管の筋肉である「血管平滑筋」に作用すると、筋肉が緩む。すると、血管が広がる。
遠赤外線療法についての研究では、軽い温熱刺激や血流増加によるシアストレスなどを通してeNOSが活性化し、NO産生が増える可能性が研究されている。温度感受性チャネルの一つであるTRPV4などが関与する可能性も指摘されている。
流れをものすごく簡単にすれば、
熱環境が変化する
↓
皮膚や血管が反応する
↓
NOなどの仕組みも働く
↓
血管が広がる
↓
血流が増える
ということである。
なるほど。こうして見ると、「遠赤外線によって血行が促進される」という説明そのものは、少なくとも生理学的に突拍子もない話ではない。
ただし、ここで一つ大きな注意点がある
遠赤外線と血管拡張について調べると、遠赤外線サウナや遠赤外線照射装置などを使った研究がたくさん出てくる。ところが、リカバリーウェアと遠赤外線ヒーターは同じではない。
前章でも触れたが、ヒーターには電源がある。外部からエネルギーをどんどん投入できる。遠赤外線サウナなら、身体を明らかに温めることができる。一方、リカバリーウェアのエネルギー源は、自分の体温だけである。したがって、遠赤外線サウナで血管が広がった。遠赤外線照射器でNOが増えた。という研究があったとしても、「だからリカバリーウェアでも同じことが起きる」とは、そのまま言えない。
研究を検索していると、「遠赤外線にはこんな効果があります」という論文はいくらでも見つかる。でも、どのくらい強い遠赤外線を、どのくらいの時間、どんな方法で当てた研究なのかまで見なければならない。数百度になるヒーターと、自分の体温しかエネルギー源を持たないパジャマを、「どちらも遠赤外線だから」という理由だけで同じものとして扱うのは、さすがに無理がある。
ここまでなら、私は納得できる
ここまで調べた範囲では、私はリカバリーウェアの説明を、こう理解するのが一番しっくりきた。
身体からもともと出ている熱がある。その熱と衣服との間の赤外線のやり取りを、特殊な生地によって少し変える。その結果、皮膚周囲の熱環境が変わり、皮膚の血管反応が変化して、血流が増える可能性がある。
ここまでは、「んなアホな」という話ではない。十分あり得る。しかし。ここで、私はもう一度立ち止まる。血流が増えたとして、それは一体「どこの血流」なのだろう。皮膚なのか。筋肉なのか。全身なのか。どのくらい増えるのか。そして、それをもって「疲労が回復した」と言っていいのだろうか。
実は「家庭用遠赤外線血行促進用衣」が一般医療機器になるために行われている血流試験を見ると、この疑問がかなり面白くなってくる。次は、「そもそも“血流が良くなった”って、何を測って言ってるの?」という話をしてみたい。




