第8章 これは「流行っている」のか、それとも「流行らせている」のか?
ここで、記事の最初に感じていた違和感へ戻ってみたい。最近、本当にリカバリーウェアをよく見る。テレビCM。ネット広告。SNS。スポーツ選手。芸能人。百貨店。ショッピングモール。家電量販店。ワークマン。少し前までは、知っている人だけが知っている健康グッズのような存在だったのに、いつの間にか、「疲れているならリカバリーウェア」という選択肢そのものが、かなり普通になってきた。
私が最初に感じたのは、「流行っているというより、ものすごい勢いで流行らせようとしてない?」という違和感だった。そこで実際に企業側の資料を読んでみた。すると、ある意味その感覚は間違っていなかった。ただし、別に怪しい話ではない。企業が普通に、「この市場を大きくしたい」と戦略を立てているだけだった。
TENTIALは「一般の人に知ってもらう」と明言している
BAKUNEを展開するTENTIALは、2025年の上場時の資料の中で、リカバリーウェア市場について、「成長期に差し掛かっている」と説明している。そして今後、市場のターゲットが、健康意識の高い一部の人から、一般の消費者へ広がっていくと予測していた。そこで重要になるのが、「一般顧客層の認知獲得」。つまり、今までリカバリーウェアを知らなかった人にも、まず存在を知ってもらうことである。そのため、テレビCMなどのマス広告やSNS広告へ資金を投入する方針を、かなり明確に示している。 実際、TENTIALは櫻井翔さんをイメージキャラクターに起用し、全国テレビCMを展開している。
さらに、ANA国際線ファーストクラスへのBAKUNE導入。飛鳥Ⅱ・飛鳥Ⅲへの導入。ホテルとの宿泊プラン。侍ジャパンとのコラボ。百貨店での展開。と、単にネットでパジャマを売るだけではない場所へどんどん広げている。
2026年には、BAKUNEシリーズの累計販売数も200万セットを突破した。ここまで来ると、「良い商品を作ったら口コミで自然に広まりました」だけではない。リカバリーウェアを一般の生活文化の中へ入れていくための、かなり明確なブランド戦略があることが分かる。
そしてワークマンは、もっとストレートである
ワークマンの資料を読むと、さらに分かりやすい。なにしろ、「リカバリーウェアの大衆化」と自分たちで言っている。2026年の決算資料でも、生産体制。売場。テレビCM。SNS。アプリ。商品ラインナップ。これらをまとめて強化し、「大衆化を加速させる」という方針を掲げている。
つまり、高価な健康商品として一部の人だけが買うものではなく、普通の人が普通に買う服にしてしまおうということだろう。これはかなり強い。そして、ワークマンは実際にその規模で動いている。
2026年のMEDiHEALシリーズは、年間3,400万着、約500億円を販売する計画。8月から12月だけでも2,200万着を販売する予定としている。
3,400万着。数字が大きすぎて、もはやよく分からない。日本の人口を考えると、「健康好きの人向けの商品」では到底届かない数量である。一般層まで広げることを前提にした規模だ。
発表会にインフルエンサー700人
ワークマンの2026年春夏新製品発表会も、なかなかすごい。公式発表によると、会場には約700人のインフルエンサー。その合計フォロワー数は約4,000万人。さらに、128媒体204人のマスメディア関係者。テレビ16番組が参加したという。


700人。もう「口コミ」というより、口コミを大発生させる装置みたいな規模である。ステージには武井壮さん、吉田沙保里さん。ワークマンとして6年ぶりとなるテレビCMまで投入した。 しかも2026年秋冬には、1月からの累計販売数が1,200万着を突破したうえで、前年の7倍以上となる2,200万着を生産し、「リカバリーウェアといえばワークマン」という第一想起を狙うとまで公式に書いている。
ここまでくると、私が感じていた、「なんか流行らせようとしてない?」という感覚に対する答えは、かなりシンプルなのかもしれない。
流行らせようとしている。
もちろん、悪い意味ではない。企業なのだから当然である。
「売れているから宣伝する」のか、「宣伝するから売れる」のか
これはマーケティングの永遠の問題みたいなもので、おそらく答えは、両方なのだと思う。実際、ワークマンの商品はものすごい勢いで売れている。2026年2月には、春夏MEDiHEALが発売からわずか1週間で約120万着売れた。 だから、誰も欲しがっていない商品を、広告の力だけで無理やり売っている、という話ではない。ニーズは確実にある。疲れている人は多い。睡眠に悩んでいる人も多い。しかも、薬を飲むわけでもない。運動する必要もない。食事を変える必要もない。服を着るだけ。
これは商品として、ものすごく分かりやすい。「疲れていますか?」と聞かれて、「まったく疲れていません」と言える大人がどれくらいいるだろう。ほぼ全員が潜在顧客になり得る。
市場そのものが急激に大きくなっている
矢野経済研究所によると、国内リカバリーウェア市場は2024年時点で約600~800億円規模。2030年には、1,800~2,000億円に達すると予測されている。約3倍である。
同研究所も、ここ1~2年でメディアや店頭での露出が急増し、消費者の認知度が大幅に上がったと分析している。つまり、私が最近急にリカバリーウェアを目にするようになったのは、気のせいではなさそうだ。市場そのものが急激に拡大している。
他社も黙って見ているわけではない
市場が大きくなれば、当然ほかの会社も参入する。AOKI。SIXPAD。ワークマン。そしてMTGは新たに「ReD」というリカバリーウェアブランドを展開し、大泉洋さんをブランドアンバサダーに起用。

2026年にはテレビCMを繰り返し展開し、さらに山手線や大阪メトロ御堂筋線で車両広告を展開するなど、認知拡大を進めている。 こうなると、テレビをつけても。電車に乗っても。SNSを開いても。ショッピングモールへ行っても。どこかでリカバリーウェアに出会う。
最初は知らなかった商品でも、何度も見るうちに、「最近みんな着てるんだな。」「これはもう普通のものなんだな。」と思うようになる。これはリカバリーウェアに限った話ではない。新しい商品カテゴリーが社会に定着していくときには、ごく普通に起こることだと思う。
でも、ここで一つだけ引っかかる
これまでの記事で見てきた科学は、思っていたよりずっと慎重だった。遠赤外線による生理学的な作用はあり得る。血流が変化した研究もある。睡眠に変化が出た研究もある。運動後の回復に良い結果が出た研究もある。
でも、研究全体としてはまだ小規模で、結果も一致していない。「着れば誰でも疲労が回復する」と言えるほど単純な状況ではない。一方、市場の拡大スピードはものすごく速い。科学の世界では、「可能性がある」「一部の指標に変化があった」「さらなる研究が必要」という段階。でも街に出ると、「着るだけで疲労回復」という、とても分かりやすい言葉になる。
私はここに、今回ずっと感じていた違和感の正体があるような気がしている。科学がゆっくり確かめている途中で、市場はものすごい速さで走っている。もちろん、それが悪いとは限らない。後から研究が積み重なり、本当に価値のある健康習慣として定着する可能性だってある。ただ、広告が先に作った「常識」を、科学的に証明された事実だと思い込まないこと。これは大切なのではないだろうか。
そして最後に、ここまで調べたうえで、私はリカバリーウェアをどう考えるのか。買う価値はあるのか。着る意味はあるのか。患者さんから聞かれたら、何と答えるのか。次の章で、私なりの結論を書いてみたい。




