前回は「桂枝湯」について書きました。今回は、より寒気が強く、ガチガチに体が固まるタイプの風邪に使われる麻黄湯(まおうとう)です。インフルエンザの初期症状とも重なるため、知っておくと非常に理解が深まる処方です。
東洋医学で考える風邪とは
東洋医学では、風邪は単なる「ウイルス感染」ではなく、外から入ってきた邪気(風寒)との攻防と考えます。特に麻黄湯が関わるのは、
という状態です。これは、体の内側では熱を上げて戦っているのに、体表が閉じているため熱が外へ発散できない状態です。いわば、中は熱いのに、外は寒いという矛盾が起きています。

麻黄湯の構成と役割
麻黄湯は、麻黄、杏仁、桂枝、甘草の4つの生薬から成ります。桂枝湯と少し似ていますが、芍薬や生姜・大棗が入らず、より「発散」に特化した処方です。目的は、体表を開き、閉塞を解除すること。そのため発汗は結果であって、目的ではありません。

麻黄はEphedra sinicaなどの地上茎を乾燥させた生薬です。主成分は「エフェドリン類」。この成分は「交感神経刺激」「気管支拡張」「血管収縮」などの作用を持ちます。実はこのエフェドリン、World Anti-Doping Agency(WADA*)の規定では、一定濃度以上でドーピング違反となる成分です。つまり「パフォーマンスを上げ得る成分」でもあります。ただし、医療用量の麻黄湯で問題になることは通常ありません。漢方では単味ではなく処方として組み合わせることで、作用が調整されています。
※WADA=スポーツでのドーピングを取り締まる国際機関
麻黄湯はインフルエンザに効くのか
近年、麻黄湯(Maoto)と抗インフルエンザ薬を比較した臨床研究が報告されています。発症48時間以内の成人を対象とした研究では、
において、タミフル(オセルタミビル)と大きな差がみられなかったという報告があります。また、小規模研究をまとめたレビューでは、発熱期間の短縮が示唆されています。ただし、大規模試験はまだ十分ではなく、すべてのケースに万能ではないという点は重要です。
麻黄湯はウイルスを直接攻撃する薬ではありません。体の防御反応を適切に動かす薬という位置づけです。特に強い悪寒、汗が出ていない、体力があるという条件が合ったときに力を発揮します。
小児インフルエンザと解熱薬の注意
登録販売者の勉強でも強調されるのが、小児インフルエンザではNSAIDsは原則避けるという点です。
ロキソプロフェンやイブプロフェンなどのNSAIDsは、インフルエンザ脳症との関連が指摘されています。小児ではアセトアミノフェンが推奨されています。発熱は体の防御反応でもあります。むやみに熱を下げるのではなく、年齢や状態を踏まえ、必ず医師の診断を受けることが大切です。
麻黄湯が向く人、向かない人
・強い悪寒
・汗が出ていない
・高熱
・体力がある
・すでに汗が出ている
・著しく体力が低下している
・動悸が出やすい
まとめ
インフルエンザ初期にみられる、強い悪寒と発熱。東洋医学ではこれを、風寒の邪が体表に侵入し、腠理が閉じた「風寒束表」の状態と捉えます。
腠理とは、皮膚や毛穴を通して汗の出入りを調整し、外邪から身体を守る防御の門のような存在です。本来は開いたり閉じたり(開闔)しながら体温を調整しています。しかし風寒の邪が侵入すると、その開闔がうまく働かず、腠理が閉じたままになります。その結果、汗が出ず、強い悪寒が起こります。一方で体内では正気が邪と戦うために熱を生み出すため、「外は寒いのに中は熱い」という矛盾した状態が生まれます。
麻黄湯は、この閉じた腠理を開き、肺の宣発作用を助け、営衛の巡りを整えることで、開闔を回復させる処方です。汗を無理に出すのではなく、正気が本来の働きを取り戻せる環境を整える。その結果として、邪が外へと解かれていきます。
西洋薬がウイルスの増殖や拡散を抑えるという「病原体」へのアプローチだとすれば、漢方は「正気と邪気の関係」という身体の反応に目を向けています。どちらが正しいという話ではなく、視点が違うだけです。風邪を単なるウイルスの問題として見るのではなく、身体がどう反応しているのかを見る。その視点を持つだけで、選択肢は少し変わってくるのかもしれません。









