姿勢の調整で来院された方から、「そういえば最近、お腹の調子がいいんです」と声をかけていただくことがあります。特別に便秘の治療を目的として来られたわけではないのに、こうした変化が起こることは決して珍しいことではありません。
便秘というと腸だけの問題と思われがちですが、実は姿勢や呼吸、筋肉の働き、自律神経の状態とも深く関係しています。日本の便通異常症診療ガイドラインでも、便秘は単に排便回数の問題ではなく、「快適に排泄できているか」が重要だとされています。
この記事では、便秘の正しい考え方をガイドラインや研究をもとに整理しながら、鍼灸や漢方、そして体全体から整えるという視点についてお話ししていきます。
そもそも便秘とは?

排便回数だけでは便秘とは判断できません
便秘というと、「何日出ていないか」で考える方が多いかもしれません。三日出なければ便秘。一日出れば大丈夫。そんなふうに判断されることも少なくありません。
しかし実際には、排便回数だけで便秘かどうかを決めることはできません。毎日排便があったとしても、すっきり出た感じがしなかったり、排便に時間を要す場合は、何らかの体からのサインかもしれません。
排便は単に「出たかどうか」ではなく、「無理なく快適に排泄できているか」が大切です。特に女性や高齢の方では、排便の回数は保たれていても、実際には排便困難や残便感を抱えているケースも少なくありません。「出ているから大丈夫」と思っていた不調の中に、実は便秘が隠れていることもあります。
ガイドラインではどのように定義されているのか
便秘というと、「何日も排便がない状態」をイメージする方が多いかもしれません。しかし、日本消化管学会が作成した「便通異常症診療ガイドライン2023」では、便秘は単純な排便回数だけで判断されるものではありません。
ガイドラインでは、便秘を「本来体外へ排出されるべき便を、十分量かつ快適に排出できない状態」と捉えています。
つまり、毎日排便があったとしても、
といった状態が続いている場合は、便秘として考える必要があるのです。これは非常に大切な視点です。
実際に施術の現場でも、「毎日出ているから便秘ではないと思っていました」と話される方が少なくありません。しかし体は正直で、排出がうまくいっていない状態が続くと、お腹の張りや冷え、肌荒れ、肩こり、自律神経の乱れなど、思わぬ不調として現れることがあります。
便秘は単なるお腹の問題ではなく、生活の質そのものに関わる症状として考えられているのです。
なぜ女性に便秘が多いのか。
骨盤構造と筋力の違い
ガイドラインでも、便秘は女性に多いことが知られています。実際の臨床でも、便秘に悩まれている方の多くが女性であることは珍しくありません。その理由のひとつが、骨盤の構造と筋力の違いです。
女性は男性に比べて骨盤が広く、腸の走行がゆるやかなカーブを描きやすいとされています。また出産を経験された方では、骨盤底筋の働きが弱くなることもあります。排便は単純に腸が動くだけではなく、腹筋や横隔膜、骨盤底筋が協力して行う動作です。いわば「体全体を使った運動」に近いものです。そのため筋力の低下や骨盤周囲のバランスの乱れがあると、便を押し出す力が弱くなり、排便困難や残便感につながることがあります。
姿勢の影響も無視できない

姿勢もまた見逃せない要素のひとつです。猫背や骨盤が後ろに傾いた姿勢では、お腹が圧迫されやすくなり、腸の動きや腹圧のかかり方に影響することがあります。呼吸が浅くなることで横隔膜の動きが小さくなり、排便に必要な腹圧が十分にかからなくなることもあります。
当院で姿勢の調整を目的に来院された方が、「そういえば最近お腹の調子がいい」と話されることがありますが、こうした変化は決して特別なことではありません。姿勢が整うことで呼吸が深くなり、筋肉の働きや自律神経のバランスが変わることがあるからです。
冷えやホルモンバランスとの関係
女性ではホルモンバランスの変化や冷えも便秘と関係すると考えられています。月経周期や更年期の変化によって腸の動きが影響を受けることも少なくありません。
中医学では、便秘を単なる腸の問題としてではなく、「気の巡り」や「血の不足」、「冷え」など体全体の状態から考えます。同じ便秘であっても、ストレスによって起こるもの、体力の低下によるもの、乾燥によるものなど原因はさまざまです。そのため漢方では体質や状態に合わせて処方が選ばれます。
ガイドラインの中でも、漢方薬は慢性便秘症の治療選択肢の一つとして位置づけられています。西洋医学と東洋医学は対立するものではなく、それぞれの視点から体を理解しようとする方法とも言えるのかもしれません。
高齢になると便秘が増える理由
筋力と活動量の低下
ガイドラインでも、便秘は高齢になるほど増えることが知られています。年齢を重ねることで体の働きがゆっくりと変化していくことは自然なことですが、その影響は腸の動きにも現れます。
特に大きいのが筋力や活動量の低下です。排便は腸だけが行っているわけではありません。腹筋や背筋、横隔膜、そして骨盤底筋が協力して腹圧を高めることで便を体の外へ送り出します。しかし運動量が減ったり長時間座っている時間が増えたりすると、こうした筋肉の働きが弱くなり、便を押し出す力も低下してしまいます。「食事は変わっていないのに出にくくなった」と感じる背景には、このような体の変化が隠れていることがあります。
呼吸と腹圧の関係

高齢になると背中が丸くなり、自然と猫背の姿勢になることがあります。一見すると背中の問題のように思えますが、この姿勢の変化は呼吸にも影響します。背中が丸くなると胸やお腹が圧迫され、呼吸が浅くなりやすくなります。呼吸のたびに上下する横隔膜は、腸をやさしく動かすポンプのような役割を持っています。その動きが小さくなることで腸への刺激も減り、結果として便が動きにくくなることがあります。姿勢の調整を行った方から「呼吸が楽になった」と言われることがありますが、こうした変化はお腹の働きにも影響しているのかもしれません。
便意が起こりにくくなることも
もうひとつ大切なのが、便意の変化です。便が直腸に届くと通常は「トイレに行きたい」という感覚が起こりますが、高齢になるとこの感覚が弱くなることがあります。我慢しているつもりがなくても排便のタイミングを逃してしまい、便が硬くなってしまうことも少なくありません。また水分摂取量の低下や服用している薬の影響が関係することもあります。便秘は年齢のせいだから仕方がないと思われがちですが、体の使い方や生活のリズムを整えることで変化が見られることもあります。
便秘は腸だけの問題ではない
自律神経と腸の関係
腸は「第二の脳」と呼ばれることがあります。それほど自律神経の影響を強く受けている臓器です。緊張やストレスが続くとお腹が張ったり、逆に下痢になった経験がある方も多いのではないでしょうか。
腸の動きは、リラックスしているときに働く副交感神経によって活発になります。一方で忙しさや精神的な緊張が続くと交感神経が優位になり、腸の動きはゆっくりになります。便秘が続いている方の中には、食事や水分に気をつけていても改善しにくいケースがありますが、その背景に自律神経のバランスが関係していることも少なくありません。
鍼灸では体表への刺激を通して自律神経の働きに影響を与える可能性が研究でも示唆されており、こうした視点から体を整えることも大切にされています。
姿勢と呼吸が腸の働きを左右します
姿勢は見た目だけの問題ではありません。背中が丸くなり呼吸が浅くなると、横隔膜の動きが小さくなります。横隔膜は呼吸のたびに上下しながら、内臓をやさしくマッサージするような働きをしています。この動きが十分に行われないと、腸への刺激が減り、便の移動にも影響が出ることがあります。実際に排便の場面では、呼吸と腹筋、骨盤底筋が協力して腹圧を高めています。姿勢が整い呼吸が深くなることで、「力まず自然に出るようになった」と話される方がいるのも不思議なことではありません。当院では姿勢の調整を行う際、背骨や骨盤だけではなく呼吸のしやすさも大切にしています。
鍼灸と便秘の関係について

慢性便秘に対する鍼治療の研究
鍼灸は古くからお腹の不調に対して用いられてきた方法のひとつですが、近年では慢性便秘に対する研究も行われています。海外では、慢性機能性便秘の患者さんを対象に電気鍼を用いたランダム化比較試験が報告されています。この研究では、鍼刺激を受けたグループで排便回数や症状の改善がみられたことが報告されています。
▶ Liu Z ら
Electroacupuncture for severe chronic functional constipation Lancet Gastroenterology & Hepatology 2016
また複数の研究をまとめて評価したレビューでも、鍼治療が慢性便秘の症状改善に関与する可能性が示唆されています。
▶ Systematic review of acupuncture for constipation
もちろんすべての方に同じ結果が得られるわけではありませんが、体への負担が少ない方法として研究が続けられています。
なぜツボ刺激が影響すると考えられているのか
鍼灸がどのように便通へ影響するのかについては、いくつかの仕組みが考えられています。
ひとつは自律神経への作用です。体表への刺激が脳や神経系へ伝わることで、副交感神経の働きが調整される可能性が示されています。また血流の変化や腸管運動への影響についても研究が進められています。
中医学では古くから、お腹の働きは「気の巡り」や「脾の働き」と関係すると考えられてきました。腹部だけではなく背中や手足のツボを使うのも、体全体のバランスを見るという考え方からです。西洋医学の研究によってその一部の仕組みが少しずつ説明され始めているのは興味深い点かもしれません。
当院が大切にしている考え方
姿勢を整えるだけが仕事ではありません
当院では姿勢の調整を目的に来院される方が多くいらっしゃいます。肩こりや腰痛、体のゆがみなど、それぞれのお悩みをきっかけに来られるのですが、施術を続ける中で「そういえば最近お腹の調子がいいんです」と声をかけていただくことがあります。特別に便秘だけを目的とした施術を行っているわけではありません。
しかし姿勢が整い、呼吸が深くなり、体の動きが変わることで、結果として体のさまざまな働きが変化することがあります。こうした変化は偶然ではなく、体が本来持っている働きが少しずつ戻ってきた結果なのかもしれません。
体はすべてつながっています
体は部分ごとに分かれて働いているようでいて、実際には互いに影響し合っています。姿勢が崩れると呼吸が浅くなり、呼吸が浅くなると自律神経の働きにも影響します。そして自律神経の状態は腸の動きとも深く関係しています。お腹だけを見ても改善しにくかった不調が、背中や骨盤の調整によって変化することがあるのは、そのためかもしれません。
整体では骨格や筋肉のバランスを整えながら、体が動きやすい状態を目指します。見た目の姿勢だけではなく、呼吸のしやすさや体の使い方まで含めて整えることを大切にしています。
整体と鍼灸を組み合わせる理由

当院では整体だけではなく、必要に応じて鍼灸も取り入れています。筋肉や関節の動きを整えることに加えて、腹部や背中、手足のツボへ刺激を加えることで、自律神経の働きや体の巡りを整えることを目的としています。
慢性便秘に対する鍼治療については研究も進められており、腸管運動や自律神経への影響が検討されています。もちろんすべての不調が一つの方法で変わるわけではありません。だからこそ姿勢、呼吸、筋肉、神経の働きなど、体全体を見ながら施術を組み合わせています。
体の変化は一部分だけではなく、さまざまな要素が重なって起こるものだと考えています。
体の変化はひとつではない
便秘というと、「腸の問題」と考えられることが多いかもしれません。しかし便通異常症診療ガイドラインでも示されているように、便秘は単に排便回数だけで判断できるものではなく、生活の質にも関わる大切な体のサインです。
体はそれぞれが独立しているようでいて、実は互いにつながっています。姿勢が変わることで呼吸が変わり、呼吸が変わることで自律神経の働きが整い、その結果としてお腹の調子が変わることもあります。
「なぜか調子が良くなった」そうした変化の背景には、体全体のバランスが少しずつ整ってきたという理由があるのかもしれません。不調は必ずしも一つの場所だけを見れば解決するものではありません。だからこそ当院では、姿勢や筋肉だけではなく、呼吸や巡りまで含めて体全体を見ながら施術を行っています。
この記事が、ご自身の体を少し違った視点から見つめ直すきっかけになれば幸いです。
おまけ
腸内環境を整えれば便秘は治る?

便秘の話になると、「腸内環境を整えることが大切」と耳にする機会は多いかもしれません。私自身もこれまで、腸内細菌のバランスは便通に大きく関わっているのではないかと考えていました。実際に近年では腸内フローラという言葉も広まり、ヨーグルトやサプリメントなど、腸内環境を整えることを目的とした商品も数多く見かけます。
ところが「便通異常症診療ガイドライン2023」を読むと、少し意外に感じる記載があります。慢性便秘症の病態に腸内細菌が関与している可能性は示唆されているものの、現時点ではエビデンスレベルは高いとは言えず、推奨の強さも「推奨なし」とされています。
つまり、「腸内細菌が絶対的な原因である」とまでは結論づけられていないということです。もちろん腸内環境が体にとって大切であることは間違いありません。しかし便秘は、姿勢や呼吸、筋力、自律神経、生活習慣など、さまざまな要素が重なって起こるものでもあります。
何かひとつを整えればすべてが解決するというよりも、体全体のバランスを見ながら考えていくことが大切なのかもしれません。情報があふれる時代だからこそ、「本当に自分の体に合っているのか」を立ち止まって考えてみることも必要なのではないでしょうか。











