絶滅危惧種だった新部家と、二人の息子の名前

ジョーくん

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今日のブログ

2026年7月24日

さあ、お久しぶりの院長日記を書こう。前回の更新日は、えーっと……2月6日。

もはや毎回、冒頭に「お久しぶりです」と書いている気がする。こうなると「久しぶり」というより、季刊誌である。いや、季刊誌なら年に4回は発行されるので、それすら少し怪しい。

そんな今日は休日。朝から妻と息子の3人で畑へ向かった。息子は現在、絶賛保育園お休み中である。(マジで保育園の風邪恐ろしい。)

夏真っ只中の畑は、見渡す限りの緑。生い茂った葉に朝の太陽が反射し、緑色が眩しい。植物は涼しげな顔をしているが、こちらは朝から汗だくである。夏の畑では、午前8時の時点で「今日はもう十分働いたのではないか」という気持ちになる。隣の農家さんも、息子を本当の孫のように可愛がってくれる。

畑で水を浴びて遊ぶ息子。

それを笑いながら眺める妻。

優しく声をかけてくれる隣の農家さん。なかなかの幸せの構図である。

可愛すぎて死ぬ。

そして、畑にはスイカがごろごろとなっている。数えてはいないが、50個くらいはあるのではないだろうか。

あと1週間もすれば収穫できそうだ。今から楽しみで仕方がない。安くて美味しいスイカの購入をお考えの方は「まりちゃん農園」の友達登録を。

新部家に、二人目の息子が誕生しました

さて、ここで一つご報告があります。わたくし、このたび第二子が誕生しました。何を隠そう、新部家は私の代で絶滅危惧種となっていた。親戚を見渡しても、見事なまでに女性ばかり。

世間では皇位継承をめぐって男系だ女系だと大変難しい議論が続いているが、新部家に関していえば、議論を始める以前に候補者が私しかいなかった。宮内庁が心配する案件ではないが、両親は少し心配していたかもしれない。

そんな、ひっそりと途絶えかけていた新部家に、二人の息子が誕生した。絶滅危惧種から、一気に繁殖成功事例へ。

でかしたぞ、妻。

もちろん、最も大変な仕事をやり遂げた妻に対して「でかした」の一言で済ませると怒られそうなので、心から感謝していることも、ここに明記しておく。

というわけで今回は、そんな新部家の二人の息子の名前と、そこに込めた思いを記しておこうと思う。子どもたちが大きくなったとき、この文章を読んでくれるかもしれない。あるいは、名前に込められた親の熱量を知り、「ちょっと重いな」と思うかもしれない。それもまた、親子である。

第一子「讓(じょう)」

第一子の名前は、「讓」と書いて「じょう」と読む。この子が妻のお腹にいた頃、私が読んでいたのが、童門冬二さんの『小説 上杉鷹山』の上巻と下巻だった。

上杉鷹山といえば、

「為せば成る
為さねば成らぬ何事も
成らぬは人の為さぬなりけり」

という言葉を、一度は聞いたことがある人も多いだろう。

上杉鷹山は、江戸時代の米沢藩主である。当時の米沢藩は、財政的にかなり厳しい状況にあった。そんな藩を立て直すため、鷹山は自ら質素倹約を実践し、農業や産業を育て、人材教育にも力を注いだ。単に支出を切り詰めただけではない。人を育て、産業を興し、領民とともに藩を再建しようとした人物である。リーダーとは、偉そうに命令する人ではなく、自ら責任を負い、人が力を発揮できる環境をつくる人なのだ。

そのような鷹山の姿に、私は強く惹かれた。鷹山は、藩を立て直すには、制度や財政を改めるだけでは足りないと考えた。最後に国を支えるのは、やはり人である。そこで鷹山は、師である儒学者・細井平洲の力を借り、藩校「興譲館」をつくった。「興譲」とは、譲る心を興すという意味である。

そこには、「へりくだる心を養い、驕り高ぶる心を除く」という教育の精神があった。私は、この言葉がとても好きだ。

知識があることも、能力があることも、もちろん大切である。しかし、それ以上に大切なのは、力を持ったときに、その力に酔わないことなのだと思う。優秀であることよりも、優秀になったときに驕らないこと。力を持つことよりも、その力を誰かのために使えること。身分や知識を誇って人を見下すのではなく、自らを慎み、相手を敬い、世の中のために働ける人間を育てる。

興譲館には、そんな人づくりへの願いが込められていた。知識だけを詰め込むのではなく、学んだことを世の中のために生かせる人を育てようとしたのだ。

最初は、この「興譲」をそのまま名前にしてはどうかと考えた。しかし、さすがに渋すぎる。生まれた瞬間から校長先生みたいな名前である。

そこで「譲」の一文字を取り、「じょう」と名づけることにした。ただ、姓名判断では新字体の「譲」よりも、旧字体の「讓」のほうが画数の収まりがよかった。こうして、第一子の名前は「」となったのだ。

私自身も、上杉鷹山のような人物になりたいと思っている。とはいえ、現時点では米沢藩どころか、自分の机の上すら十分に統治できていない。だからといって、諦めたわけではない。鷹山のように、自ら動き、人を大切にし、少しずつ周囲をよくしていく。そして、どれだけ知識や力を身につけても、へりくだる心を忘れず、驕り高ぶる心を除いていく。

その心を忘れないために、息子の名前に「讓」という字を刻んだ。この名前には、息子への願いと同時に、私自身への戒めも込められている。

つまり、息子の名前を親自身の備忘録として使ってしまった形である。

親のメモ代わりに名前を利用して、すまない、息子よ。

ただ、いつかお前が大きくなり、もし父が偉そうなことを言っていたら、「へりくだる心は、どこへ行ったのですか」と静かに指摘してほしい。

そして、父が何もせずに言い訳ばかりしていたら、「為さねば成らぬのでは?」と、優しく注意してほしい。

第二子「青(あお)」

第二子の名前は、「青」と書いて「あお」と読む。
(ブルーでも良かったが、さすがにその勇気は無かった。)

私が人生で初めて覚えたことわざの一つに、「青は藍より出でて藍より青し」という言葉がある。

青色の染料は藍という植物から作られる。しかし、藍から取り出して染め上げた青色は、もとの藍よりもさらに鮮やかで深い青になる。そこから、教えを受けた弟子が努力を重ね、やがて師匠を超えていくことを表す言葉として使われるようになった。本来は、学問や教育について語られる言葉である。

けれど私たちは、この言葉に少し別の願いも重ねた。

私たち夫婦よりも、もっと幸せになってほしい。私たちも、今の暮らしを十分に幸せだと思っている。それでも親というものは、子どもには自分たち以上に笑い、学び、たくさんの人と出会い、より豊かな人生を歩んでほしいと願ってしまう。

親から生まれながら、親の価値観に閉じ込められる必要はない。私たちの考えを土台にはしても、それを遠慮なく超えていってほしい。藍から生まれた青が、藍よりも鮮やかになるように。

そして「青」という字には、ほかにもいくつかの願いを込めている。青空のように、広く晴れやかな心を持つ人であってほしい。青葉のように、柔らかく、みずみずしく、どんな環境でも少しずつ成長できる人であってほしい。海の青のように、表面の穏やかさだけでなく、内側に深さを持つ人であってほしい。(まぁこの辺りは今考えた。)

そして、誰かの色に染まることを恐れず、それでも最後には自分自身の色を持てる人になってほしい。つまりこれもまた、私たち自身が目指している人間像である。第二子の名前も、親の人生訓を記録するメモとして使ってしまった。

二人とも申し訳ない。

ただし、スマートフォンのメモと違って、機種変更をしても消えることはない。

便利すぎるメモ帳。

最後になったが、出産報告のメッセージでは、少しふざけて、「青(ブルー)が誕生しました」と送った。

映画『ジュラシック・ワールド』には、「ブルー」という名前のヴェロキラプトルが登場する。人間との信頼関係を築き、仲間を守る賢い恐竜であり、シリーズの中でも特に人気のある存在だ。したがって、わが家の青も、将来は賢く、家族思いで、たくましい人物になる予定である。ただし、壁を引っかいたり、兄に噛みついたりする部分まで忠実に再現する必要はない。

名前は、親から子への最初の手紙

こうして振り返ってみると、二人の名前には、私たち夫婦の願いだけでなく、私たち自身が「こうありたい」と思う生き方まで、ずいぶん詰め込まれている。

「讓」には、謙虚さと実行する力を。

「青」には、成長と自由、そして親を超えていく力を。

名前は、親が子どもに渡す最初の贈り物だという。けれど、それは贈り物であると同時に、まだ言葉を話せない子どもへ宛てた、最初の手紙なのかもしれない。どんな人生を歩むのかは、もちろん二人の自由だ。名前に込めた願いどおりに生きなければならないわけでもない。

讓は、譲らない頑固者になるかもしれない。

青は、赤色が大好きになるかもしれない。

それでも構わない。

二人がそれぞれの色で、自分の人生を面白がりながら歩いてくれたら、それで十分である。

そしていつか、自分の名前の由来を尋ねられたときには、このブログを見せようと思う。父親が久しぶりにブログを書き、スイカの話から始まり、最後には妙に壮大な人生論を語っていたことも含めて。

讓、青。

我が家に生まれてきてくれて、ありがとう。これから兄弟二人で、仲良く、たくましく育ってほしい。まずは父として、二人に恥ずかしくない人間になれるよう頑張ろう。

為せば成る。

そしてブログも、書けば更新される。

次回の更新が「お久しぶりです」から始まらないことを、今のところ強く願っている。

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ABOUT US
koji(トレ​イン治療院 院長)はり・きゅう・あん摩マッサージ指圧師|国際中医専門員
大阪で治療院を開業して12年。 体は、その人の生き方や時間の積み重ねが静かに現れる場所だと感じています。 中医学を土台に、身体だけでなく心や生活の流れまで含めて整えていく。 そんな治療を大切にしています。 ブログでは、臨床の中での気づきや、体と向き合うための小さなヒントを、自分なりの言葉で書き残しています。 読んだ方の毎日が、少しでも軽くなれば嬉しい。
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